大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)9018号 判決

原告

東京都

代理人

三谷清

外二名

被告

佐野一夫

代理人

川添清吉

外五名

主文

被告らは、原告に対し、それぞれ別紙物件目録記載の各建物を明け渡せ。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一当者者双方の申立て

原告代理人は、主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の主張

一  請求の原因

(一)  別紙物件目録記載の各建物(以下「本件住宅」と総称する。)は、いずれも原告が昭和二二年度に建築した公営住宅であり、被告らは、別紙物件目録記載のとおり、本件住宅にそれぞれ居住し、これを占有している。

(二)  被告小田勇子は、昭和二四年二月一一日原告から夫小田辰次郎名義で本件住宅に入居を許可されたが、その後、夫の死亡により昭和三一年六月六日同被告の使用名義に変更され、被告鍋田梅次郎は昭和三一年四月四日、その余の被告らは昭和二四年二月頃、それぞれ原告から本件住宅に入居を許可され、いずれも賃借しているもので、右賃料は、一カ月当り被告鍋田梅次郎、同細川栄について金三二〇円、その余の被告らについて金三九〇円である。

(三)  本件住宅の法律関係は、つぎのとおりである。

原告は、戦後における都民の住宅困窮の事情に対処してできる限り多くの公営住宅を建設し管理運営を行つてきているが、かかる物的施設としての建物とその管理に要する人的手段との綜合体が、地方自治法二条三項六号にいわゆる営造物であることは明らかである。そして、かような公の目的に供用される営造物の設置管理は地方公共団体の行政作用に属するものであり、施設をできるだけ多数の者に均等に利用させるためその利用につき営造物の利用者も管理者も管理者の定める一定の規律に従う拘束をうけることは、営造物の性質上当然のことである。すなわち、都営住宅の管理利用に関しては、従来地方自治法二一三条に基づき、東京都営住宅使用条例(昭和二三年東京都条例第二一号、以下、「旧条例」という。)および同条例の委任に基づく東京都営住宅使用条例施行細則(昭和二三年東京都規則第一八号)が制定されていたが、昭和二六年に公営住宅法が制定されたのにともない、従来の条例は、同じ題名のもとに全面的に改正(昭和二六年東京都条例第一一二号)されて今日に至つているのであるから、原被告間の本件住宅の利用関係は、私法上の賃貸借関係ではあるが、それが営造物であるために右の東京都営住宅使用条例など住宅管理利用に関する規制をうけ、したがつて、その規律が、右賃貸借関係の内容となつているものである。

ところで、都営住宅の利用関係の設定については、右条例で入居希望者は知事に住宅使用申込書を提出し、知事は審査のうえ使用を許可するのであるが、入居申込者の数が、入居させるべき住宅の戸数をこえるときは、抽せんにより使用者を決定することとなつており、被告らはいずれも抽せんにより知事の使用許可をうけて入居したものである。

また、都営住宅の利用関係の終了については、右条例二〇条(旧条例一五条)一項により、「知事が住宅の管理上必要があると認めたとき」に「知事は住宅の使用許可を取り消すことができる」旨が定められており、右の「住宅の管理上必要があるとき」というのは、公の目的に供用すべき施設としての公営住宅をその本来の目的にそうように常に良好な状態で管理し効率的運用を図るために修理改築をするとか建替えをすることを意味するから、このような管理上必要がある場合に知事が住宅の使用許可を取り消せば公営住宅の利用関係は当然に終了するといわなければならない。

(四)  本件住宅については、つぎのとおり東京都営住宅使用条例二〇条一項六号にいう知事が都営住宅の管理上必要があると認めるにつき相当する事由がある。

(1) 本件住宅は、原告が、昭和二二年度に国の補助をうけて建設した第二種公営住宅(低額所得者を対象とする住宅)であるが、すでに耐用年数を経過している老朽住宅であり、また、本件住宅の敷地(以下「本件敷地」という。)は、もと国有地であつたが、昭和二六年に附近の土地とともに原告に払下げられたものでその面積は、計約二、八八八坪に及ぶものである。

(2) 本件敷地の附近一帯約一七万坪は、昭和二五年三月二日付建設省告示第一〇四号をもつて青山大公園として公園建設の都市計画が決定せられたが、のち本件敷地などは公園計画から解除されたうえ、昭和三一年一二月七日都市計画事業の決定があつた。

(3) ところで、東京都の一般住宅の不足数は四〇万戸近くあり、都営住宅の入居申込者は三〇倍をこえるはげしい競争率を示している。右の住宅事情にかんがみ、原告は都営住宅を供給しなければならないが、都営住宅を建設し都民の住宅を確保するための最も大きいあい路は宅地の取得難であるので、その対策として少くとも市街地における土地は極力立体的に高度に効率的利用し、これによつてあわせて都市住宅の不燃化の促進に資することが住宅政策の根幹となつている。

(4) 右基本政策に基づき、原告は、被告らに対し、移転先の住居を提供したうえ、耐用年数を経過している本件住宅を撤去し、ここに中層住宅を建設することにしたが、その建替計画は、本件住宅およびその附近の都営住宅合計一七棟三六戸(うち被告ら居住部分は二八戸)を撤去し、その敷地中約二、〇〇〇坪に鉄筋コンクリート四階または五階建の中層住宅六棟(その戸数の合計は一三四戸である)を建設しようとするもので、これにより既存住宅敷地の立体的効率的使用をはかり、少しでも多くの住宅を供給しておびただしい住宅困窮者の需要に応じるとともに、被告らに対しても現在の住宅より健康で文化的な住宅を供給し、あわせて右中層住宅に青山大公園予定地内の都営住宅居住者をも移転させて青山大公園の実現をはかり、環境の調和と首都圏整備の趣旨にそつた都市の美観を達成しようとした。

(5) 右建替計画に基づき、原告は、その実施段階としてまず本件敷地に隣接する地帯にあつた応急簡易住宅三〇戸のうち一九戸を他へ移転し、その跡へ中層住宅三棟を建設したが、右中層住宅は、鉄筋コンクリート陸屋根造五階建一棟五〇戸および四階建一棟二四戸、四階建一棟八戸(五階建一棟は、昭和三二年一〇月に、また他の二棟は昭和三三年六月にそれぞれ完成した。)であつて一戸の坪数は一二坪で一戸の内部は、六畳、四畳半、食堂兼台所、玄関、便所等で電気ガス上下水道が完備し、希望によつて浴室をつけ加えることもできるものであり、一戸当りの家賃は一カ月五階建五階部分金三、七五〇円、四階以下金三、八五〇円、四階建浴室附金四、二〇〇円、浴室のないもの金三、九〇〇円であつた。

(6) そこで原告は、被告らに対し右中層住宅のうち一戸を選択して移転するよう協力を求め、昭和三二年六月、同年一〇月四日の二回にわたり、それぞれ説明会を開催したり、同年一一月四日から四日間にわたり戸別訪問などして説得につとめ、移転については「他地区への転出を希望する者に対しては、その希望地区の都営住宅に移転しうるようにする。敷地内の中層住宅一戸では狭い者については二戸を優先的に貸与する。賃料の支払いについて支障を生じる人に対しては暫定的に鉄筋の第二種住宅程度の賃料まで減額措置を行う。生活扶助世帯に対しては、賃料を扶助金額金二、七〇〇円まで引下げる。等の特例の措置を講じる。」旨を申し入れたが、被告らは、本件敷地附近の居住者が国から払下げをうけたことから本件敷地も払下げをうけるものと誤信してその旨を強く主張して移転に応じようとしなかつた。

(五)(1)  かくて、原告は、昭和三四年七月三〇日付文書をもつて被告らに対し、昭和三五年一月三一日かぎり本件住宅の使用許可を取り消す旨を通知することとなり、右通知書は、被告伊藤久四郎に対しては昭和三四年七月三一日、同細井栄に対しては同年八月一日、その余の被告らに対しては同年七月三〇日それぞれ到達したので、本件住宅の賃貸借関係は、それぞれ右期日の経過とともに終了した。

なお、被告小室久雄については、同被告の父小室久次が昭和二三年七月二〇日死亡し、同被告においてその賃借人たる地位を承継したが、原告は右事実を知らなかつたので、右通知書はすべて小室久次に対してなされた。しかしその通知書は、同被告宅に到達し、同被告の了知しうる状態にあつたのであるから、同被告に適法に到達したというべきである。

(2)  かりに、右主張が容れられないとしても、原告が前記第四項において述べた事情は、原告が、被告らに対し本件住宅の賃貸借契約の解約をなすにつき借家法一条の二にいわゆる「正当な事由」に該当し、前記許可取消の通知は、同条の解約の申入れに該当するから、原、被告間の本件住宅の賃貸借関係は、その後六カ月を経過した昭和三五年一月三一日かぎり解約された。

(3)  かりに、前記許可取消の通知が借家法の解約申入れに該当しないとしても、原告は、昭和三四年一一月一二日被告らに対し本訴を提起したことにより解約の申入れをし、右訴状は被告鈴木勇次郎に対し同年一一月一九日、同坂本光弘に対し同年一一月二〇日その余の被告らに対し同年一一月一八日それぞれ到達したのであるから、本件住宅の賃貸借関係はその後六カ月を経過した日に解約された。

(六)  よつて被告らは、原告に対しいずれにしてもそれぞれ本件住宅を明け渡す義務があるので、原告は、被告らに対し右明渡を求めるため本訴請求に及ぶ。

二  被告らが本件住宅を使用する必要があるとする事情についての答弁

(一)  被告らに共通の事情のうち、原告が本件住宅および敷地を被告らに払下げる旨の決定をなしたことおよび被告らが本件住宅から転居できないことはいずれも否認する。

(二)  被告ら各個人についての事情については、

(1) 被告らの入居事情のうち、被告らがその主張の日時に、抽せん等により本件住宅に入居したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(2) 被告ら(ただし、河野太郎を除く。)の家族関係(現居住者)のうち、深谷武(第五号)の三女佑子、鈴木勇次郎(第八号)の長男一康、三女栄子、長男の妻富士子、坂本光弘(第一二号)の弟光顕、妹明子、大沢幸雄の長男信道、が本件住宅に居住していることはいずれも否認するが、その余の家族が本件住宅に居住していることは認める。

(3) 中層建物へ入居不可能の事情、他へ移転不可能の事情のうち、被告ら(ただし、小田勇子を除く。)が、その主張のとおり本件住宅に建て増しをしていること、佐野一夫(第一号)が港区役所の公務員であること、深谷武についての(4)の事実はいずれも認めるが、その余の事実は知らない。

第三被告らの答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項の本件住宅の法律関係は争う。

本件住宅の法律関係は、民法および借家法の適用をうける賃貸借である。原告が、都営住宅を都民に利用させる関係は、本質的には公権力の作用として一方的に規制する必要は全くないものであり、都営住宅が営造物であるからといつて、そのために賃貸借関係が特殊なものになるわけでない。民法および借家法は、貸主に対し借主側に契約違反がある場合には契約を解除し、正当な事由があれば解約の申入れできる等正当な地位を保証している。借主側も賃料を支払つて住宅を使用している以上、貸主が地方公共団体であるからといつて借主の地位が右の程度をこえて特に不利益な取扱いをうけることは不合理である。また、原告の主張する東京都営住宅使用条例は、貸主である東京都側の内部的準則であつて、当然に本件住宅の法律関係を規律すべき内容として当事者を拘束するものでない。かりに、右使用条例が本件住宅の賃貸借関係を規律すべき内容となるものであるとしても、条例は、法律の範囲内で制定されるものである以上、その内容は、民法あるいは借家法に照してその効力が吟味されねばならないことはいうまでもない。

本件において、東京都営住宅使用条例二〇条一項六号にいう「知事が都営住宅の管理上必要があると認めたとき」が借家法一条の二にいう「正当な事由」と同趣旨であるというならば格別、全く別個の事由であるとするならば、同規定は、借家法六条に照し無効である。

四、同第四項について本件住宅を建替える必要があるとの主張は争う。すなわち、

(一)  同第四項(1)の事実のうち、原告が本件住宅を昭和二二年度に建設したこと、本件敷地が原告の所有であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同(2)の事実は認める。ただし、青山大公園の計画は実現性がない。

(三)  同(3)について、一般に賃貸人が敷地を立体的効率的に利用したり不燃化などのために一方的に建替えができ賃借人に明渡を求めうるとすることは賃借人の地位をあまりにも不安にすることで許されないというべきである。このことは、賃貸人が地方公共団体であるからといつて異なるものでない。

かりに、原告が主張するように、本件住宅を建替え、一三四戸の中層建物を建設したとしても、青山大公園予定地区内の居住者は合計一九五世帯であるから、これらの者すべてをその中層建物に入居させることができないばかりでなく、一般都民を新たに入居させる余地はなく住宅難の緩和に役立たない。

(四)  同(4)について、原告は、都市の美観とか環境の調和とかいうが、今日の社会経済情勢の下で居住権を犠牲にしてまでも公園計画を実現し都市の美観ないしは環境との調和をはかる必要はなく、また、青山大公園予定地に隣接する他の土地には本件住宅と同じような個人住宅が建てられているのに、本件住宅についてのみ環境と調和しないと主張するのは不合理である。

(五)  同(5)の事実のうち、中層住宅三棟が建設されたことは認めるがその余の事実は知らない。

(六)  同(6)の事実のうち、原告が主張するような説明会が開催されたことおよび被告らが本件住宅を明渡さなかつたことは認めるが、原告が主張するような特別措置を講ずる旨の説明を被告らがうけたことは否認する。

五(一)  同第五項(1)の事実のうち、被告小室久雄を除くその余の被告らに対して原告主張の書面が到達したこと、被告小室久雄が、父小室久次の死亡により賃借人たる地位を承継し、原告主張の書面が同被告宅に小室久次宛で到達したことはいずれも認めるが、右書面が被告小室久雄に到達したとみなしうることは争う。

(二)  第五項(2)の事実のうち、本件住宅の賃貸借を解約するにつき正当な事由があることは否認し、原告主張の通知書が解約の申入れに該当することは争う。すなわち右通知書は、本件住宅の使用許可を取り消す旨の行政処分としてなされたものであつて、私法上の賃貸借の解約の申入れとして効力を生ずるものでない。

(三)  同第五項(3)は争う。すなわち、解約の申入れは、賃貸借関係を将来にむかつて終了させる旨の意思表示であるから賃貸借という私法上の法律関係が現に存在していることを承認したうえ、これを将来にむかつて終了させる場合でなければならない。しかるに、本訴の提起は、本件住宅の使用許可が取り消され、昭和三五年一月三一日かぎり消滅したことを理由とする明渡請求であつて賃貸借関係を将来にむかつて終了させる趣旨は全く含まれていないのであるから解約の申入れに該当しない。

六、かりに原告の主張が認められるとしても、本件住宅は被告らにおいてつぎのように引続きこれを使用する必要があるから、その明渡しを拒むについて正当事由がある。

(一)  被告らに共通な事情

被告らは、戦災者または海外からの引揚者としていずれも住宅に困窮していたものであるが、幸運にも高率の抽せんにあたり本件住宅に入居を許されたものである。被告らの入居当時の本件住宅は、台所も土間のままで下水の設備もガスもなく、わずかに一〇戸に一つ位の共同水道があつた程度で、賃料も、当時としては安いものでなかつた。そして、原告は、昭和二八年ごろ被告らに対し本件住宅をそれぞれその敷地とともに払下げるために一戸ごとにその敷地を測量し、杭を打つて境界線を明確にしたし、また、本件住宅と同種の都営住宅や本件住宅附近の土地もほとんど払下げられたので、被告らは、必ずや本件住宅も払下げられるものと確信して、本件住宅を修理したり造作をととのえたりし、他に手ごろな建物や土地を入手することができたにかかわらず、これを見送つて本件住宅の払下げを待つていた。土地や建物が高価になつた今日になつて、本件住宅を明渡し、他に住宅を求めることは被告らにとつて不可能に近い。

(二)  被告らの個別的事情

一、佐野一夫(第一号)

(1) 入居事情

同被告は終戦前大田区大森に居住していたが戦時中戦災に会い、家族は山梨県南部町に疎開し、同被告のみ都内の親戚の家を転々として住宅に困つていたが、終戦後本件住宅に抽籤で入居し家族を疎開先から呼びよせて現在に至つている。

(2) 家族関係(現居住者七名)(ただし、昭和三六年六月当時。以下同じ。)

佐野 一夫 五一才(港区役所勤務)

妻  みね 五〇才

長男 達郎 二三才(東京経済大学)

次女 牧子 二〇才(三井生命本社勤務)

三女 邑子 一八才(高校三年)

四女 陽子 一一才(小学校六年)

母  たい 八五才(被告の母)

(3) 中層建物等へ入居不可能の理由

被告の家族数は右の通り七人家族の大世帯であり従つて荷物も多いのであるが、本件建物が払下げになるという予定のもとに他にも土地を求めることもせず建増しをして狭いながらも不便をして今日までがまんして来たものである。

殊に母たいは血圧が高く神経痛の持病があり、又被告本人も動脈硬化症であり冷える鉄筋建物に移転することは病状が悪化こそすれよくはならない。

以上の点等を考え合わせると本件中層建物又は之と同程度の他の建物へ移転することは事実上不可能である。

(4) 他への転出不可能の理由

被告は港区役所の一吏員であつて、被告一人の収入によつて一家の生計がたてられていることを考えると生活に手一杯で、物価の急騰した今日他に土地や家屋を求めて移転する資力もなければ貯えもない。

二、打木茂(第二号)≪以下二七、細川栄(第三六号)まで省略≫

第四証拠関係≪省略≫

理由

一請求原因第一、二項の事実はいずれも各当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件住宅の法律関係について考察する。

公営住宅は、地方公共団体が、国の協力をえて一般に住宅に困窮する低額所得者に対して、低廉な家賃で賃貸することにより国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として建設されるものであり、かかる物的施設とその管理に任ずる人的手段との綜合体として地方公共団体の営造物の一つとなつているものであつて(昭和三八年改正前の地方自治法二条六号参照)その法律関係は、右の性格を反映して、通常の私人間の借家関係とは異なり、管理的色彩の強いものであることは否定できない。これを実定法に則してみるに、都営住宅の管理については、従来、地方自治法旧二一三条に基づき東京都営住宅使用条例(旧条例)および同条例に基づく施行細則が制定されていたが、昭和二六年に公営住宅法の制定にともない、その管理規制はいちぢるしく整備されるにいたつた。すなわち、公営住宅法は、第三章公営住宅の管理(一一条の二―二三条の二)の章下において、前示公営住宅建設の目的にそうよう、家賃の決定、敷金およびそれらの変更等、家賃等の徴収猶予、報告、変更命令、修繕義務、入居者の募集方法、資格選考、保管義務、収入超過者に対する措置、公共住宅の明渡、公共住宅監理員の任命等管理についての詳細な規定を設け、さらに、第四章補則の章下において、事業主体は、この法律で定めるもののほか、公営住宅の管理について必要な事項を条例で定めなければならない旨を定め(同法二五条)、これに基づいて右の旧条例は全面的に改正され、新たに東京都営住宅使用条例(昭和二六年九月二五日条例一一二号・新条例)が制定されることになつたが、これら使用条例は、いずれも都営住宅の利用関係の設定については、「都営住宅を使用するものは知事の許可を受けて入居する。」(同条例三条)、「都営住宅の使用申込者の数が使用させるべき都営住宅の戸数をこえる場合において抽せんにより使用者を決定する。」旨を規定し(同条例六条)、また、(知事が都営住宅の管理上必要があると認めたときは、右の使用許可を取り消すことができる。」旨を規定している「新条例二〇条一項六号、旧条例一五条)。

本件住宅は、被告らが右の旧条例により入居を許可されたものであり(ただし、被告鍋田梅次郎については新条例による)、公営住宅法ならびに新条例の適用をうける(同法附則三項・新条例一条)。したがつて、本件住宅の法律関係は、管理的色彩の強いものであるが、しかし、だからといつて、そのことをもつて直ちにその利用関係を公法関係と解すべきではなく(利用関係の発生原因たる行為が使用許可という行政処分であるからといつて、そのためにその利用関係の性質を公法関係というべからざることはいうまでもない。)、使用許可によつて形成もしくは設定される利用関係の性質のいかんは、実定法の解釈によるべきものと解すべきである。おもうに、同法一条が「住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与する目的で公営住宅を建設する」旨を宣言している文言と規定の趣旨に照し、同法は、その利用関係についてなんら民法および借家法の適用を排斥することなく、むしろ、公営住宅の利用関係が本質的には私人間の賃貸借と異なるものではないことを承認したうえで、公営住宅建設の目的の特殊性にかんがみ、その管理運用上必要とする特別な規定を直接に設け、あるいはこれを条例に委任しているとみることができる。してみれば、公営住宅の利用関係そのものは、私法上の賃貸借関係にほかならず、基本的には、これについて公営住宅法およびそれに基づく条例に特別の規定のある場合のほか、一般法として民法および借家法の適用があるのは当然であるといわなければならない。

三さて、被告らは、東京都営住宅使用条例(新条例)は、内部的準則であつて、当事者を拘束しない、かりに右の条例が本件住宅の貸借関係を規律すべき内容となるものであつても同条例二〇条一項六号にいう「知事が管理上必要があると認めるとき」が借家法一条の二にいう「正当事由」と同趣旨であるならば格別として、全く別個の事由であるというならば同規定は借家法六条に違反し無効であると主張するので、右条例の規定の効力について判断する。

すでに述べたとおり、公営住宅の利用関係は、事業主体と入居者のそれぞれの権利義務は公営住宅法およびそれに基づく条例に特別の定めがない限り、一般の家主・借家人の権利義務と同じであるが、ただ、事業主体は、公営住宅法およびその施行令、施行規則によつてかなりの制約をうけているし、また、前示のとおり条例によつて利用関係の内容を定める権能を与えられており、入居者はこれらの法令(条例を含む)によつて定められた法律関係の諸条件を承知のうえで、一種の附合契約を締結するために公営住宅の使用許可の申請をするものと解するを相当とする。したがつて、右条例は、単なる原告東京都側における内部的準則にとどまるものではなく、原告と被告ら間における本件住宅の法律関係を規律すべき内容として拘束力を有するといわなければならない。

右使用条例の二〇条一項六号にいう「管理上の必要があるとき」とは、たんに一般の借家関係における修繕等の場合に限定されるものではなく、前示公営住宅法の規定の趣旨をうけて、都営住宅をその目的にそうよう維持、保存するために必要な場合のみならず、これを同法の目的にそうよう建替える等効率的に運用するために必要な場合も広く包含するものと解するを相当とし(国有財産法一条は、特に明文をもつて維持保存および運用を管理という旨を規定しているが、運用は管理作用の一面であるから、かような規定がなくともこのことは当然である。なお、二四条および昭和三八年改正による地方自治法二三八条の五参照)、かような規定は、公営住宅が前示のように営造物であること、ならびに都営住宅が東京都の普通財産である公有財産として、常に良好の状態において管理し、その所有の目的に応じて最も効率的に運用しなければならないものであることにかんがみ(地方財政法八条公営住宅法一一条の二)、前示のとおり、公営住宅法二五条に基づき公営住宅の管理について必要な事項としてかつ、法律上の義務として特に設けられたものであるから借家法六条の規定にかかわらず、これを無効と解すべきいわれはないものといわなければならない。したがつて、この条例の規定は、借家法一条の二の特則をなし、本件住宅に優先的に適用される。もつとも、この規定は、「知事が管理上必要があるときは使用許可を取り消すことができる」というのであつて、一方的、概括的表現で規定されているが、もとより管理上の必要の有無につき知事に主観的専断的認定権を与えたものではなく、客観的かつ具体的に管理上の必要がある場合に限つて使用許可を取り消すことができる趣旨であることはいうまでもなく、また、その取消(撤回)権の行使にあたつては、前示公営住宅法の目的にかんがみ、現に都営住宅に入居する者をして住居を失わしめることのないよう他の都営住宅を供給する等適正かつ合理的措置を採るよう努めなければならないと解すべきことは条理上当然であるというべきである。

四よつて、本件において、右東京都営住宅使用条例二〇条一項六号にいう「都営住宅の管理上必要がある」か否かについて判断する。

(一)  <証拠>によれば、本件住宅は、東京都の中心的位置をしめる港区赤坂青山南町にあつて、原告が昭和二二年度に低額所得者用の住宅として建設した第二種都営住宅であり(本件住宅が昭和二二年度に建設された公営住宅であることは各当事者間に争いがない)、本件敷地は、昭和二六年三月国からの払下げによつて原告の所有となつたこと、本件住宅はいずれも建坪九坪程度の平家建で、その構造は、六畳、四畳半、三畳相当の土間または板間からなり、建材としては終戦直後の質の悪い木材が使用され壁はベニア板、柱は三寸角位、土台も石とかレンガを置いた程度の簡易な住宅であることおよび昭和二二年度に建設された都営住宅の耐用年数は政令で一〇年と定められ、その耐用年数は、住宅の建設費を償却する年限であると同時にその住宅を建替える一つの目安ともなる年限であり、おおむね一般の住宅の老朽年限と一致しており、本件住宅についても朽廃とか居住にたえないほどではないが、すでに社会経済的にはほぼ老朽住宅と呼びうる程度になつていることが認められ<証拠>のうち、右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

また、地方公共団体は、常にその区域内の住宅事情に留意し、低額所得者の住宅不足を緩和するため必要があると認めるときは、公営住宅の供給を行わなければならないし、また、公営住宅を耐火性能を有する構造のものとするよう努めなければならない(公営住宅法三条、五条三項)ところ、<証拠>によれば、東京都において昭和三六年四月一日付建設省基準に基づく住宅困窮戸数は四七万戸都内の特別区二三区では四二万戸に達し、なかでも本件住宅の所在する都心地帯では右の困窮度が顕著であること、東京都において住宅は年間二万ないし三万戸増加しているが、都の人口は一年に二五万ないし三〇万人増加し、それらの約六〇%が新たに東京都に転入する人であり、さらに最近の世帯分離の傾向、旧住宅の滅失消耗老化により住宅事情はなお悪化の傾向にあること、右の事情を反映して都営住宅の使用申込者の数は、昭和三七年度において使用さるべき都営住宅の数に対し平均四五倍にも達し、原告としては、昭和三六年から昭和四五年までに一二四、〇〇〇戸の都営住宅を建設し、右住宅事情の緩和に努めようとしていること、都営住宅の建設にとつて最も大きなあい路は住宅敷地の取得難であり、なかでも住宅が特に不足している特別区内二三区においてはほとんど土地がないか、あつても低額所得者を対象として低廉な家賃で賃貸すべき都営住宅の用地としては買収ができないほど高価であること、そこで、原告は、前示法の要請にこたえるため、その住宅政策として、本件住宅のごとく都心部にあり一定の広さの土地のうえに建設されている木造の都営住宅でいわゆる耐用年数を経過している住宅は、これを建替えて中高層化し、その敷地を効率的に利用して一戸でも多くの住宅困窮者を収容する方針をたて、昭和二九年ごろから建替えをはじめ、すでに昭和三〇年から同三八年までに約五〇団地約五、〇〇〇戸の木造建物を建替え中層化していることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

さらに、<証拠>によれば、本件敷地を含む東京都港区青山南町一、三丁目および新龍土町地内一帯約一二三、〇〇〇坪は、昭和二五年三月二日付建設省告示第一〇四号により青山墓地八九、〇〇〇坪を中心として青山大公園を建設する計画がたてられたところであるが、右公園予定地内には、都営住宅が建設されており、右の公園計画を実現するためには、そこにある都営住宅を撤去しなければならないので、その撤去を容易にするため、原告は、昭和三一年建設省告示第一、九二〇号をもつて建設省の許可をえて本件敷地一帯二、八八八坪を右公園計画からはずし、ここに中層建物二一六戸を建設し、公園予定地内の都営住宅の居住者を移転させる計画をたてたこと、右公園計画については昭和三一年一二月七日都市計画事業の決定があつたが、公園予定地内には国から払下げをうけた民有地が存在したり、赤坂保健所など公共建物の用地として必要になつたり、環状四号線の道路用地になつたりしたため、右公園計画はしだいに縮少し、昭和三六年六月ごろには、その予定面積も当初の約六八%程度になつたが、それでもなおその部分にも都営住宅や国から払下げられた民有地が混在しており、青山基地以外の公園化は今後実現困難な部分が多いこと、しかし、それにもかかわらず、本件住宅を建替え、ここに中層建物を建設して公園予定地区内の移転先を確保することは、右公園計画の実現をいくらかでも容易にし、首都の環境の整備に有益であることがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  <証拠>によれば、原告は、前記建替計画に基づき、第一期工事として昭和三二年一〇月五〇戸昭和三三年六月三二戸合計三棟の中層建物を本件敷地に隣接する地に建設したが、右中層建物の一戸はおおむね建坪は本件住宅と同じ位の一二坪、賃料は五〇戸建の方が金三、九〇〇円平均その余は金四、〇〇〇円平均であつたこと、原告は、右中層建物完成間近になつて被告らに対し、前記の建替計画に関し、右中層建物のうち任意に一戸を選んで入居するよう申し入れ、昭和三二年六月一日獣医師会館において、同年一〇月四日、一二月一八日、昭和三四年三月一三日それぞれ赤坂保健所において、説明会を開き、さらに昭和三二年一一月には戸別訪問をして説明し、他地区の都営住宅へ移住を希望するものには相談に応ずる、家族数が多いものには二戸を使用させる、生活保護世帯に対しては扶助金額まで賃料を減額する等の特別措置を講ずる旨を説明したこと、しかるに昭和二六年ごろまでは建設省住宅局長の通牒に基づき昭和二〇年度から同二三年度まで建設された都営住宅は入居者に払下げられていたが公営住宅法の施行にともない、これを変更し、右のような都営住宅についても昭和二八年ごろからは市街地内にあるものについては、土地の高度利用と都市不燃化の考慮から原則として払下げしないことになつた(同法二四条、昭和二八年建設省住宅局通牒)にかかわらず、たまたま、本件敷地附近の他の敷地について国から売り渡されたところがあつたことから被告らは本件住宅についても原告から買受けうるものと信じ、前示原告の申入れに対し本件住宅の明渡しを拒否したこと、かくて、原告は、昭和三五年にいたり一般公募をして前記被告らに転居を予定していた中層建物に入居させるのやむなきにいたり、前示建替計画も頓挫するにいたつたことが、それぞれ認められ、<証拠>のうち、右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  以上の事実を綜合すると、本件住宅はすでに社会経済的には老朽住宅と呼びうる程度のものになつており、早晩建替えなければならないものであるので、原告は、現下の住宅の事情、ことに低額所得者の住宅困窮事情にかんがみ、公営住宅法の要請にこたえ、これを建替えてここに中層建物を建設し、その敷地を高度に利用することによつていくらかでも首都の住宅事情の緩和と都市の不燃化に資し、あわせて青山大公園設置の計画の実現を容易にして、首都の環境の整備をはかろうとするものであつて、被告らが主張するごとく、たんに公園計画の実現のために居住権を犠牲にしようとするものではないことが認められ、かかる事情の存在は前示使用条例二〇条一項六号にいう「管理上の必要がある」場合に該当すると解するを相当とし、また、原告が使用許可の取消に先立ち、現に本件住宅の住居する者に対し他の中層建物に転居等を申し入れたことは、前示のとおり公営住宅法の要求する適正な措置ということができる。

被告らは、本件住宅を払下げられるものと確信して修理したり造作を調えたりしてひたすらその払下げを待つたにかかわらず、土地、建物の高価になつた今日になつて本件住宅を明渡し、他に住宅を求めることは被告らにとつて不可能に近いから、明渡しを拒むについて正当の事由があると主張するが、公営住宅は、低額所得者のための住宅政策の根幹をなすものであつて、借家法より以上に社会政策的色彩の強いものではあるが、それだけにまた、公営住居者の個人的な希望や利害を制限する面のあることも否定できない。したがつて、同法の施行に伴い、公営住宅の譲渡処分の方針が変更され、被告らが本件住宅の払下げを受けられなくなつたとしても、同法制定の趣旨にかんがみ、やむをえないところであるといわなければならない。のみならず、原告は、被告らに対し、たんに本件住宅の明渡しを求めたわけではなく、被告らの選択に従い、他の中層建物に転居させる等適正な措置を採つたことは前示のとおりである。被告らの右主張は理由がない。

五かくて原告は、被告らに対し昭和三四年七月三〇日付文書により昭和三五年一月三一日限り本件住宅の使用許可を取り消す旨の通知を発することになつたことおよびその通知書が被告伊藤久四郎に対しては昭和三四年七月三一日、同細井栄に対しては同年八月一日、同小室久雄をのぞくその余の被告らに対しては同年七月三〇日それぞれ到達したことは当事者間に争いがなく、また、被告小室久雄については、本件住宅の入居者であつた父小室久次が昭和二三年七月二〇日死亡し、同被告が本件住宅の賃借人たる地位を承継したが、小室久次あての右書面が同年七月三〇日同被告宅に到達したことは同被告の認めて争わないところであるから、右通知は、その名宛人にかかわらず、本件住宅の賃借人たる地位を承継した同被告に有効に送達されたものということができる。

そうすると、本件住宅の使用許可は、前示使用条例二〇条一項六号に基づき昭和三五年一月三一日かぎり有効に取り消され、本件住宅の利用関係は、それによつて同日の経過とともに終了したというべく、被告らは原告に対し、それぞれ本件住宅を明け渡す義務があるが、しかし、このように使用者の責に帰すべき事由もしくはその債務不履行に基づかないで、もつぱら公益的目的のためにその使用許可を取り消す場合には、原告においても、それによつて公益的目的に供された居住の利益に対し相当の補償をすべきことは憲法二九条三項の趣旨ならびに行政処分の撤回の法理に照し当然であるといわなければならない(前示使用条例二〇条二項後段は、この意味において無効である。)。そして、そうだとすると、その補償をなすべき時期について明文の規定がないので問題ではあるが、本件におけるように貸付以外の方法により普通財産を使用又は収益させる場合について規定する国有財産法二六条、二四条、二五条(なお、昭和三八年改正された地方自治法二三八条の五第五項、三項参照)を類推解釈して、事後において、使用者より補償を請求し、管理者がこれを決定すべきものと解するを相当とする。

六よつて、原告が被告らに対する本訴請求は、理由があるから、認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、なお、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないことにし、主文のとおり判決する。(杉本良吉 土屋一英 筧 康生)

物件目録≪省略≫

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例